地獄の中での毎日

6月末にUTEROを退職して新たな職に就き、ライブはMABOROSとPANICSMILEのを計3回、やりました。やれると思ってなかったけど、演奏は普通にできました。

8月は初旬からコロナに罹患して中旬までしんどかった。9月は息を止めたまま全力で走り抜けた。10月の半ばになろうとしているが、まだまだ息はとても浅く、毎日アップアップしている。

これまで30年近く音楽関係の仕事をしてきましたが全くの異業種に転職して、今までの経験や知識が何も活かされないところに居ます。今までの経験や知識がここでは只のゴミでしかない。

経営理念も分からない、現場の責任者も誰だか分からない、指揮系統もめちゃくちゃな、ああこれって訓練無しでウクライナに送られたロシア兵みたいな気分?それなら取り扱い説明書ももらえない機材で間違ったまま味方を50人くらいロックオンしてエンターキー一発で全員殺しました。みたいな事を連日やっている。

コロナによる経営悪化で本当にシャレにならないくらい売り上げが落ちた。出演者の減少と、お客さんの減少、2017年くらいから減少傾向にあったロックバンドは今やソロで出演するiPhoneカラオケ歌手より少ないと思う。

コロナでトドメをくらった感じです。ブッキングという仕事は出演者が居なくなると本当に廃業しかない。出演者が減った数、自分がバンドを組んで演奏をすれば良いっていう話じゃないし、お客が減った分自分がチケットを買って観ればいいっていう話じゃない。ん?何が言いたいんだっけ笑

とにかく、家族を守りたい一心でなんとか無職にならず、職をつないだけど、毎朝毎朝中州方向に自転車を走らせながら己の「心」をぶち殺してロボットみたいな顔でやり過ごしています。まだまだ当分この地獄は続く。52歳、残りはあと20年くらいですよ。

いや、そうじゃなくて自分が今までライブハウスやレコードレーベルの仕事が出来ていたのは本当に、関わってくれていたバンドやミュージシャンの方々が居たからで。本当に奇跡みたいな人生だったんだなと。そう思います。数えきれない多くの皆さんに、今までありがとうございました。